Sunday, November 2, 2014

クリフ・バートン氏とクレイジーピッグのスカルリング&ウルフリング

この記事は「SKULL RING DESIGNER update/ CLIFF BURTON SKULL RINGS」の翻訳です。

メタリカのクリフ・バートン氏が、クレイジーピッグのアーマンド・セラがキャリア初期に制作したリングを多数着用する写真がありましたので紹介したいと思います。
初めてこの写真をご覧になる方がほとんどではないでしょうか。


私がクリフと初めて会ったのは、彼が Music for Nations(MFN: ロックやメタルを扱っていた英国のレコード会社)から出てくるところでした。
彼はレーナード・スキナードの T シャツ、ベルボトムのパンツと大きなツバ広帽のいでたちで、まるでスキナードのメンバーのように見えましたので、私たちはスキナードに関する話で大いに盛り上がりました。
その時、クリフは私がスキナードのメンバーと付き合いがあるか訊いてきました。
私はスキナードと個人的な付き合いはなかったのですが、ギターのエド・キングの住所は知っていたのでそう答えると、クリフは「俺、どうにかしてエドと連絡を取りたいんだよね」と言いながら自身の名前を書いたメモを私に手渡しました。
その後、彼がベースを弾くことや、彼のバンドが「メタリカ」という名であるようなことを話しました。
当時「メタリカ」などというバンド名は聞いたこともなく、メタルバンドとしても何か今一つな名前だな…というのが正直な感想でした。

その時だったかどうか、記憶は定かではありませんが、彼はバンドのデモテープを私にくれました。
当時はカセットテープで、バンド名などが手書きだったのを良く覚えています…

それ以来、クリフがロンドンに来る度、私たちは会って話すようになりました。
彼は私のデザインを気に入ってくれ、この写真のように沢山身に着けてくれました。


クリフが着用していたリングの中でも思い出深いのは、この写真で右中指に着用しているウルフ・リングです。
あの痛ましい事故の数日前、私がクリフと最後に言葉を交わした日のことは今でもよく覚えています。
私がクリフに当時の新作スカルリングを見せたところ、彼は自身の指からウルフ・リングを外して、長年愛用してきたこのリングとスカルリングを交換しないか?と冗談を言ったので、私は特に考えもせず、OK と応じリングを交換しました。

まさかこれがクリフと言葉を交わした最後となり、このような形で彼の長年の相棒だったウルフ・リングが私の手元に残ることになるとは思いもしませんでした…

私のこれまでの 1100 を超えるデザインの中でも、このようにして私の手元に戻ってきたクリフのウルフ・リングは一番大切な宝物です。

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